原子力関連の記事 of 西多賀聖書バプテスト教会

宮城県仙台市にある西多賀聖書バプテスト教会

創造論の視点から見た原子力発電について

(1)創造主のご計画における原子やゲノムの安定性  

今回は、福島第1原子力発電所の事故があり、その収束に苦慮しているのが現状です。そこで、以前から、原子力の問題点を指摘されてこられた清水芳雄先生(東北大学工学部出身、医学博士、前・仙台電波高専教授)にお話しを伺うことにしました。対談形式で、以下に紹介します。(月刊誌ハーザー8月号に掲載されています)

[高橋] 清水先生は、以前から、原子力エネルギーの利用について、問題点を指摘されてこられましたが、今回の福島第1原子力発電所(以下、福島第1原発と略す)の事故は、まさに、心配されていたことが起こったといえますね。まだ、まだ、事故の収束の目途がたたず、しかも、他の災害と異なり、直接の被害者だけでなく、次世代の子どもたちや孫たちにも、大きな災いをもたらすという意味では、これまでの日本の歩みの中で、最も深刻な事態といえるのではないでしょうか。どう思われますか。

[清水] そうです、大変深刻な問題だと思います。今回の東日本大震災では地震と津波に襲われて24000人近くの人々の命が奪われました。無数の家屋、田畑が失われ、また漁業も大変な被害を受けました。被災者の方々のこの現実を思うと安易な発言の赦されないことを承知の上で申し上げれば、確かに、人命という意味では福島原発よりはるかに大きいと言えるものの、まだ、将来に希望が持てます。魚が居なくなった訳ではありません。海は以前と同じように穏やかです。もう復興が始まりつつありますから準備が整えば明日から漁に出れる可能性があります。きっと、一部の魚を除けば新鮮な美味しい魚が捕れるでしょう。みんなで手を合わせて協力すれば何とか克服して行ける災害なのです。多くのボランテイアの方々が駆けつけて下さって汗を流して下さるのも、多くの義援金や義援物資が寄せられるのも、そうした希望があればこそです。この震災につき、あえて私見を申し上げれば、地球は一寸クシャミをしただけなのでしょうが、それは人間とって余りにも巨大でした。その巨大さから来る危険に人間は近づき過ぎた、というのが私の実感なのです。ただし、浜に住む人たちだけが間違ったのではありません。現代人の我々みんなが間違ったのではないでしょうか。浜の人たちはたまたま浜に住んでいただけです。500年以上前にもこうした津波のあったことは調査で分かっていたことのようです。自然には自然のルールがあります。それが人間の力をはるかに超えるものであるなら、防衛するよりも近づかないことが大切です。例えば高台に住居を建て、道路を整備し、公共の交通の便を良くし、それこそ現代文明の力を借りて船着き場に行き、漁に出かければ良いのです。最も大切なことは、我々全てが自然への畏敬の念を持つことです。人間は自然の懐に抱かれてしか生きられないのですから。
しかし、福島原発の問題は危険に近づき過ぎたのではなく、「自然の危険領域を遥かに超えてしまった結果である」と云うのが私の実感なのです。たとえ自然災害が引き金となって生じたとしても、やはり人災なのです。子孫にまで影響を与える取り返しのつかない人災なのです。

[高橋] では、あせらずに、順を追って、問題を整理していきたいと思います。まず、本質的なことから、考えてみたいと思います。
創造主なる神は、この地球を人の住みかとして設計されました。また、すべてを良きものとして造られました。なかでも、人間の生活のために、絶対的に、安定なものを整えて下さいました。そうでなければ、人間の生活は、容易に、崩れ去るからです。ここでは、神が備えられた二つのことを考えたいと思います。
ひとつは、原子というものです。もうひとつは、ゲノムというものです。まず、清水先生から、原子の安定性についてお話ししていただきたいと思います。そのあと、私がゲノムの安定性について話したいと思います。

[清水] この地上の物質や生物の数は無限と言って良いかと思いますが、それがたとえ無限であったとしても、そこには一つの法則があります。それは水素や酸素と云った原子(元素)の結合によって構成されているということです。原子の全ては、原子核(+電気を帯びている)の周りに電子(-の電気を帯びている)が周回しています。原子どうしが他の原子と容易に結合するのは、その最外殻の電子軌道がより安定になるからです。ある原子がどの原子と結合するかによって様々な分子が構成されます。しかし、その結合度は弱いものです。例えば、少し高温にすればそれまでの結合を容易に離れて、そこに酸素があれば酸素と結合してしまいます。いわゆる燃やすとはこのことです。神が創造された自然界には90種の原子が存在しますが、この地球上の多様な自然界は、そのうち81種の原子の最外殻の電子軌道のソフトな結合によって構成されているのです。さて、ここで重要なことを申し上げたいと思います。この81種の原子は不変であるということです。煮ても焼いても叩いても鉄は鉄であり、酸素は酸素なのです。原子は絶対に不変なのです。この地上のあらゆる生物がどんなに多様に見えても地上に存在する81種の原子の電子結合形式によって構成されているのです。塩はナトリウムと塩素の電子結合によって出来ていますが、もしナトリウムがナトリウムでなくなったら、塩素が塩素でなくなったらどうなるでしょうか。塩でなくなることは言うまでもありません。こうした原子の安定性は実は、原子核の安定性にあります。原子核は煮ても焼いても叩いても絶対に壊れません。自然界の物質的な安定性の根幹はここにあるのです。原子核は陽子と中性子の極めて強力な結合力によって構成されていて常に安定なのです。ただ注意しておきたいのは、自然界に存在する全ての原子の原子核が安定かと言うと、9種類の原子は安定ではなく放射線を出しながら核が自ら崩壊し続けています。人間がこの崩壊を止めることはできません。ラドン温泉で有名なラドン、ラジウム等ですが、幸いその量は微量で人間や自然界に害を与えるような量ではありません。
さて、第2次世界大戦の前夜(1938年暮れ)ドイツで現代の幕開けとも云える新しい発見がありました。ウラン235(U235)という原子に中性子を当てると原子核が壊れる(いわゆる核分裂が起こる)という発見です。またこの時、莫大なエネルギーが放出されることも分かりました。今や、絶対的に安定と思われた原子核を人間の手によって破壊することが可能となったのです。ただしこれが可能な原子はU235のみです。また、原子核の破壊はこの自然界には存在しない新しい原子をも生み出しました。人工的に作り出された新しい原子はどれも核が安定せず常に放射線を出しながら崩壊し続けます。創造主の創造された原子は絶対的に安定で、この自然界を構築する土台と成っています。しかし、人間の作り出した原子(元素)は不安定であるだけでなく高エネルギーの放射線を出しながら崩壊し続け、自然界を破壊し続けるのです。U235の核を一気に核分裂させれば原爆と成り、ゆっくり核分裂させれば原子力発電と成りますが、いずれも、この安定した自然界に脅威をもたらすことには変わりはないのです。

[高橋}私も、以前、原子核の安定に関する記事を、読んだことがあります。確か、自然界には4種類の力があり、一番弱い力が重力であり、一番強い力が原子核をまとめている力であるとありました。そして、その原子核をまとめている力は重力の40000000000000000000000000000000000000000000倍(ゼロの数が43個つく)であると書いてありました。それを見て、これは決して、当たり前のことではないと確信しました。
これと似ているのが、生物の安定性の土台をなすゲノムです。聖書の創世記1章に頻繁に用いられている表現ですが、「種類に従って」創造されたという記述です。聖書の用語と現代の生物学の用語には、おおきな違いがありますが、例えば、聖書では、「生き物」の定義は、「生きている魂をもつもの」であり、植物は「生き物」には含まれていません。しかし、「生き物」も「植物」も、その繁殖の土台は同じで、「種類に従って」という法則で貫かれています。
「ゲノム」とは何かと言いますと、小麦のゲノムの研究者として有名な木原均(1930)が「生物をその生物たらしめるのに必須な最小限の染色体セット」と定義しています。ここで、「生物をその生物たらしめる」と表現されていますが、植物で言うなら、稲なら稲、小麦なら小麦、大豆なら大豆というという、それぞれの種類に特有の生物を生み出すに必要な最小限の染色体のセットということを意味しています。ご存知のように、染色体は遺伝情報を伝える手段であり、その情報の本体はDNAであり、塩基配列によって記された設計図であることが知られています。ですから、現在では、ゲノムは「全染色体を構成するDNAの全塩基配列」として理解されています。つまり、ゲノムは、それぞれの種類に特有なものであり、稲なら稲、大豆なら大豆の設計が組み込まれているという事です。それぞれの種類によってみな、設計図の中味が異なります。ところで、生物が繁殖する場合、一般には、生殖細胞の受精によって、子供が生まれます。メスの生殖細胞(卵細胞)とオスの生殖細胞(精細胞)が合体(受精)して、それが細胞増殖して成長します。この場合、一番、強調したいことですが、雌と雄の生殖細胞が合体(受精)するためには、お互いの間のゲノムが一致していることが必須条件です。具体的には、ゲノムを構成する染色体の数や形が一致することが、受精のための必須条件です。ですから、種類が異なる場合、それを受精させようとしても不可能です。例えばイネの染色体の数(12本)と小麦の染色体の数(21本)は異なるので、決して合体(受精)することができません。詳しいことは省略しますが、異なる生物の間では、決して、受精することができない仕組みがあります。これが、生物の種類が安定してきた理由です。自然交配や突然変異は存在しますが、それは、その生物に特有のゲノムの中での出来事であって、例えば、それが稲なら、稲の中の変異であり、稲が他の植物には決して変わることはありませんでした。ですから、生物の種類は、聖書が主張するように、非常に安定したものでした。しかし、戦後、遺伝子工学という先端技術が進むにつれて、従来のような同じゲノム間どうしの合体(受精)によらないで、異なったゲノム間でも遺伝子のやり取りが可能になってきました。これは自然界には全く在り得なかったことなのです。このような異なるゲノムの間での「遺伝子工学の利用」は、創造主が最も安定したものとして設計されたものを破壊し、利用しようとしている点において、「原子力の利用」と良く似ていると同時に、非常に危険な面を含んでいると言えます。なぜなら、創造主は、あらゆる物質の土台としての原子核、あらゆる生物の土台としてのゲノムを、最も安定したものとして創造されたのは、安全のためであり、それを超えたものを造られなかったのは、それが危険なものであるからというのが、最も納得できる答えだからです。創造主は、人間にとって最良最善のものを出し惜しみされることはあり得ないのです(ローマ人への手紙、8章32節)。

[清水] 自然科学の勃興期(紀元1600~1700年代)に活躍したニュートンなどの科学者たちは、自然をもう一つの聖書と捉え、自然法則を発見することは神を知ることであると考えました。しかし信仰を失った現代人は、自然法則を発見し、それを人間の利便性のためにのみ利用する方向性を加速させてまいりました。この度の震災はそうした文明の流れを反省できる大きなチャンスだと思います。

[高橋] それでは、次回、さらにこの課題を深めていきましょう。よろしく、お願いします。